こんにちは。バリューワークスの赤津です。
バスケットボール関係者がこれまで公にメスをいれることが出来なかった問題点に、
ついに日本バスケットボール協会が手を入れました。
それは【暴言や暴力】に関する指針です。
2019年、3月21日に日本バスケットボール協会がその指針を示し、
2018年12月に設立したインテグリティ委員会を中心に予防に取り組んで行きます。
https://jp.reuters.com/article/idJP2019032101001326
その指針のなかでも、「暴力」については多くの場合誰が見ても明確に判断出来ると思います。
しかし、「暴言」については「叱咤激励」だとか「教育の一環」だとか、様々な視点が生まれ判断を複雑にすると考えられます。
この問題に触れなければ、バリューワークスなどという名前は名乗れませんから、
不快な想いをされる方もいらっしゃるでしょうが、是非皆様には一つの指針として参考にして頂ければと思い書き連ねたいと思います。
契約と法律の関係を意識すること
日本は法治国家です。法治国家である以上、日本国民は会社であれ個人であれ、コーチも選手も保護者もあらゆる「法律」により規制されています。
ただし、法律はあくまでも一般的なルールですから、当事者が契約をすることによって法律を修正できたり(契約自由の原則)、法律で細かく規定されていない点について細かく合意することが可能です。
プレイに関するルールではなく、このような個人の言動を縛るルールの場合、
私はルールは契約であると考えていますので、今回の「暴言・暴力」根絶に関する指針は、「法律」を念頭において考えることが1つのポイントになると思っています。
表現の自由・言論の自由
先に謝罪とお願いがあります。
私は法律のプロフェッショナルではありませんので、観点に誤りがありましたら申し訳ございません。
仕事の過程で契約書に目を通し、会社やビジネスを守るための「コンサルタント」としての浅い観点かもしれませんので、
誤りがあれば是非お問合せください。その観点から法律のプロに確認したいと思います。
実際に仕事でも、契約書は人任せにせず自分なりに解釈をした上で要点をまとめ弁護士に相談し自分の解釈の正当性を確認しています。
口約束だけで進めてしまい、後になって意見が食い違うことも未だに経験しています。
私は相手が不利にならない契約書を提案する事に神経を使っていますが、相手が私を気遣わない契約を提示して来た場合は
「上手く行かない」
と判断するようにしています。
お金や権力、ブランドなどではなく、お互いに信頼し尊重し敬う事が出来るのかが重要なポイントです。
少し脱線してしまいましたね。
それでは、私から少しでも信頼性の高い情報を発信するために、弁護士ポータルサイトから引用して考えてみましょう。
この問題を目にして、思いついたのは「表現の自由」や「言論の自由」という言葉です。
表現の自由は 日本国憲法 第21条 で規定されています。
表現の自由とは、人間の内心の精神活動を外部に自由に表現できる権利のことです。この権利は、憲法21条によって明確に保障されています。言論の自由も表現の自由の一内容として保障されます。
引用: https://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-13274.html
憲法はどんな法律よりも優先されますので、私達は自由に公の場で表現する権利をもっているのです。
先程、法律と契約の関係をお話させていただきましたが、私が契約書を確認する時には次のような順位づけをして確認します。
強行される法律 > 当事者の契約(合意)> 任意の法律
つまり、法律には契約により変えられない法律と変えられる法律があります。
その中でも「憲法」は法律の中でも最高法規と捉えれていますので、尊重し守るべき法律だといえるでしょう。
憲法は、国家の統治の組織や人権原理などを定めた基本法であり、「最高法規」です。すべての法律、命令や、政府の行為等は、憲法に反する場合は効力をもたない(98条)と定められているように、一般の法律よりも上位にあるものなのです。
引用: https://www.meiji.net/topics/trend20180119
それでは、「『憲法では表現・言論の自由』が認められているんだ、ルールなんて関係ないだろうが!」
という考え方も認められてしまい、お偉いさんに言われたら私はタジタジしてしまいそうですが、
けしてそういう訳ではありませんのでご安心ください。
表現の自由も規制されている
確かに表現の自由は重要な権利ではありますが、実は無制限の権利ではありません。
憲法上の権利とは言っても、権利を使って何をしてもよい、ということにはならないのです。
引用: https://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-13274.html
細かい点はリンク先などをご一読頂きたいのですが、ここで今回の件において重要な視点となるのは次の点です。
「名誉権との対立」と判断基準
表現の自由が保障されているからといって、他者の名誉権を侵害してもよい、ということにはなりません。
名誉毀損行為をすると、プライバシー権侵害の場合と同様不法行為も成立しますが、それだけではなく、名誉毀損罪という犯罪も成立してしまいます。
名誉毀損になるのは虚偽を記載した場合だけであると考えている人もいますが、内容が真実であっても名誉毀損は成立します。
広く、社会内に伝播する方法で、事実(真実であってもなくても)の摘示をすることにより、他人の社会的評価を低下させる場合には、名誉毀損が成立してしまいます。
引用: https://www.fuhyo-bengoshicafe.com/bengoshicafe-13274.html
つまり、我々が暴言に対してどう考えればよいかという一つの指針は
「選手や対戦相手・運営などに対して、名誉を損なうような言動ではないか」ということです。
公の場での行き過ぎた「叱咤激励」や「教育」は受け手側の名誉を著しく損なうものであると考えます。
選手がその言動により泣こうものなら、それは名誉を傷つけられ心に痛みをもったからかもしれません。
「そんなつもりはない」
そう答えられても、判断するのは受け手側や一般的な判断です。
「それ、今みんなの前で言う必要ある?」
その判断、感受性を審判は求められますし、ルール化されたことで「吹かない罪」も発生します。
物事は与える側主体での考え方ではなく、受け取る側が主体であることを忘れてはいけません。
コーチや審判、選手、保護者、全ての人達に感受性が求められる時代となりました。
人の立場に立って考えられる、感じられる事が1番の資質になるのではないでしょうか。
もしも、若手審判が権力のあるコーチに、「暴力・暴言根絶」のテクニカルファールを宣告し不服を申し立てられた場合は
「選手の名誉を傷つけています。これは憲法に定められた我々が尊重し守るべき規定です。」
という気持ちで一致団結し権力に立ち向かえば、ルールや法律に支えられ「間違えていない」という強い気持ちを皆で保てるのではないでしょうか。
審判の負担が増えるこの制度。
審判だけに責任を押し付けるのは無責任です。
協会や連盟、会場にお越しの保護者様によるバックアップも必要で、
バスケを愛する全員がこの問題について責任を持つ必要があると思います。
まとめ
急いで情報をリリースしたく、私の記事は相変わらずの乱文ではありますが、
今回の日本バスケットボール協会の取り組みはとても素晴らしいものだと考えます。
そして、その方針は日本バスケットボール協会や審判だけに委ねず、我々一人一人のコーチ、そして保護者がその取組を理解し、明確な判断基準を持つことが必要となります。
協会の方々も流石に全ての大会をチェックすることは出来ません。
他人事にせず、協会に所属し、当事者である我々が適切に判断し取り組む必要があるのです。
憲法や法律だと難しいことを書いてしまいましたが、
揚げ足を取るような判断をし、自分を守るのではなく、
人を傷つけず、同じ効果をもたらす厳しくも温かい言葉、伝え方はないか
そんなことを考え、言葉を成長させることがコーチ・保護者に求められる時代が来たのだと思います。
そして、それこそ社会性を育みます。
現代はインターネットの普及により、芸能界やスポーツ界等様々な世界に社会性が求められる時代です。
誰かの権力に縛られた目に見えないローカルな組織ではなく、社会的にも認められた組織を目指して
日本バスケットボール協会に所属する各組織・個人は歩み始めるときが来たのです。
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